
「英語が苦手でも、海外の大学に行けますか?」
そう不安に思っている人も多いと思います。
この記事ではそんな人たちに勇気を与えたいと思って書きました。
【目次】
1.海外に憧れた少年時代
2. 留学中止とコロナの高校生活
3. 英語赤点から目指した海外大学
4. 空白期間と大学準備コース
5. 現役海外大学生の今
6. 読んでくれた皆さんへ
結論から言います。
「行けます!」
なぜなら、僕自身がそうだったからです。
幼い頃から海外に憧れ一度は留学を心目指すも、英語は赤点、バカにされ、コロナによる留学中止、修学旅行のない高校時代を過ごし、心を病んで学校にも通えなくなった時期がありました。
そんな僕が今、海外の大学に通い英語で授業を受け、現地のカフェで働き、海外の友達に囲まれながら留学生活を過ごしています。
本当に人生何があるかわからないですね!!

今回は、留学の勉強法やテクニックの話ではなく、僕がここに辿り着くまでの「物語」をそのまま書こうと思います。
少し長いですが、留学に行くか迷っている誰かに参考になれたら届いたら嬉しいです。
1. 海外に憧れた少年時代
英語・海外への憧れのきっかけ
海外への憧れは、子供の頃からずっとありました。
始まりは単純で、「ジャック・スパロウと話してみたい」という、ただそれだけの気持ちです。
そこから漠然と
「いつか海外に出てみたい」「英語を話してみたい」
という気持ちを持ち続けていました。
やらず嫌いだった子供時代
とはいえ、小学生や中学生の頃の僕は、何に対しても「やらず嫌い」な子供でした。
僕はすごく不器用で、人が普通にできることに、人の何倍も時間をかけることに本当に劣等感を抱いていました。
そのせいで両親に何かスポーツを始めてみたらと言われても「めんどくさい」の一点張りで、
何かに挑戦することを避け続けていました。
運動もやる気なし、勉強もやる気なし。今思えば本当に「クソガキ」だったと思います。
やりたいことを見つけた高校受験と逆転合格
転機が訪れたのは、中学3年生、高校受験のタイミングでした。改めて進路を考えたとき、
「英語をやりたい、留学したい」
という気持ちが出てきたんです。
そこで少し英語の勉強を頑張ってみようと思い立ち、当時は学校に一人だけいたALT(外国人の先生)に
習ったばかりの英語でちょっかいをかけるクソガキでした。
僕「Have u had a girlfriend before?」(彼女いたことありますか?)
先生「Yes off course , what about u?」(うん。もちろんだよ!君は?)
僕「……」
そんな調子でしたが、進学したかった高校は、地元にある毎年留学制度がある偏差値60の高校でした。
(当時はインターナショナルスクールの存在すら知らなかった)。
ただ、サボりにサボっていた僕の偏差値は48。マジで必死こいて勉強しました。
半年で偏差値48から62まであげて受験に逆転合格。人生で初めて「何かを頑張る」という経験を積んだ瞬間でした。
2. 留学中止とコロナ禍の高校生活

高校進学後は、校内選考に通り、無事に高校1年生の3月にオーストラリアへの留学(2020年3月)が決まりました。
しかし、新型コロナウイルスの影響で、渡航3日前に緊急事態宣言が発令され、夢にまでみた留学は直前に中止になってしまいます。
すごくショックで、泣き崩れたのを覚えています。
一度は「日本の大学に進学すればいいか」と、国際系や語学系の学部のある大学を目指し、海外への気持ちに蓋をしました。
高校2年、絶望と不登校の日々
コロナ禍の高校2年生は、正直かなり過酷でした。修学旅行も文化祭も全て中止になり、毎日ひたすら勉強だけの日々。
そんな中でクラスの環境にうまく馴染めず、ストレスで脱毛症になり、学校に通えなくなった時期があります。
それを見た母を泣かせてしまいました。本当にごめんなさい。
今振り返れば、あの頃が一番苦しかったと思います。
絶望の節に気づいた英語の「楽しさ」

そんな中、外国人とビデオ通話できるアプリで、海外の人と拙い英語で会話をする機会がありました。
単語すらまともに出てこないような英語です。
本当にひどかったです……
それでも、その会話が単純に「楽しい」と感じたんです。
このときの感覚が、後々「海外の大学に行く」という決断につながっていきます。
日本への絶望と、海外への憧れ
当時の僕は、コロナ禍で見えた日本の社会や政治、経済、教育のあり方に対して、正直かなり絶望していました。
海外はコロナからいち早く回復しているのに、日本ではマスクをつけ続けていたり、毎朝報道される感染者数に煽られたり。それに加えて、子供の頃からずっと持ち続けていた海外への憧れ。
そんな中、YouTubeでコロナ禍でも海外に出ている人たちの姿を見て、「海外大学」という選択肢があることを知ります。
日本の大学に入ってから留学すればいいという考えも一瞬よぎりました。でも、
「本当にその後、留学できる保証はあるのか?」
「結局また、やりたいことを先送りにするだけなんじゃないか?」
そう考えると、また後悔しそうな気がしました。
「やりたいことをやらずに後悔したまま人生を終えたくない」
この気持ちが重なって、「海外に出る」ということを本気で考え始めます。
両親に海外大学に行きたいと告げた結果…
正直、両親に海外大進学をしたいと告げたときは、
反対されると思っていました。母は納得してくれると思いましたが、父は小学校・中学校の頃の、「勉強しろ」ばかり言う昭和っぽい厳しい人だったからです。そのせいで喧嘩が絶えず、当時は正直好きではありませんでした。
しかし、父は中学2年生の頃から中国に単身赴任していて、自身も英語が苦手なのに40を超えて単身赴任した経験をしていました。そのため「若いうちに海外に身を置くことの大切さ」を痛感したみたいで
「行くなら若い今しかない」
と留学を後押ししてくれました。
学費は両親が貯めていた教育ローンと、父が海外在住で捻出できた費用(海外勤務手当や税金やらなんやら)を充て、生活費は自分でアルバイトをして稼ぐことが条件として、海外大学への進学を決意しました。
意外だったのは父から
「勉強ばっかりにならず、いろんな経験しろ。バイトしろ、人に会え」
と言われたことでした。
そこで少し大人になった18歳の僕は父は「人として立派になって欲しかった」ことに気づくことができました。
父は世界一嫌いな人から世界一尊敬する人に変わりました。本人には言いませんが僕は父が大好きです。
3. 英語赤点から目指した海外大学

決意したはいいものの、
当時の僕の英語力は壊滅的でした。
高校3年生で受けたテストでは23点(赤点)を叩き出し、日本の大学に進学する同級生が受かっていた英検2級にも不合格。
このままではまずいと、英語の勉強法を1から考え直し、猛勉強を開始。
高校卒業1ヶ月前(高三の二月)に、ようやく海外大学入学の最低限の英語力であるIELTS6.0のスコアを取得しました。
(英語赤点時代にやっていた具体的な英語勉強法はこちらから↓)
周りは日本の大学受験のために勉強しているので、もちろん馬鹿にしてくる人もいました。
「留学なんて無理」
「その英語力で海外大学?」
といった散々言われました。まあ無理もないですよね…
でも、自分の可能性を否定されるのがすごく悔しくて仕方がありませんでした。
その悔しさと、僕の夢を信じて応援してくれる家族のためにも、バネに変えて必死に勉強していました。
4. 空白期間と大学準備コース
IELTSのスコアを取得してから、実際に渡航するまでには1年ほどの空白期間がありました。
理由は、留学に行きたい気持ちはあっても、その後何がしたいのかが分からなかったからです
(いわゆる自分探しです)。
この期間は、家族や友人と思い出を作ったり、アルバイトをしたり、
免許を取得したり、オーストラリアの語学学校に通ってみたりしました。
(「周りから遅れてる」という不安から涙する夜もありましたが、今思うと自分を見つめ直すいい期間になったと思います)
この期間を経て、いよいよ進学先を決め、
メルボルン大学のトリニティカレッジ、Foundationコース(大学進学前の準備コース)に進みます。

Foundationコースでは、現在親友のジャスティンを含め、数々の国の友人と出会いました。
全科目平均80点という過酷な入学条件をクリアし、無事にメルボルン大学への切符を手に入れます。
(Foundationコースに関しての記事はこちらから↓)
5. 現役海外大学生の今

現在は海外大学4年目(メルボルン大学3年生)になり、英語での勉強は大変ですが、成績もなんとか必死に食らいついています。
同時に現地のカフェでバリスタとして、時給32ドル(土日は38ドル)で働き、現地のマーケティング会社でインターンもやっています。
休日は友達と家でパーティをしたりと、プライベートも充実しています。
今は将来のいろんな可能性を考えつつ、自分と同じような境遇の人たちに向けて、このSNS活動に注力していきたいなと考えています。
まとめ|読んでくれた皆さんへ
ここまで、僕の物語を読んでいただきありがとうございます。
英語赤点、不登校、コロナでの留学中止。
今振り返れば、どれも「海外大学に行く人」らしくないエピソードばかりだと思います。
それでも、今こうして海外大生として生活できています。
伝えたいことは1つです。
「やりたいことがあるなら挑戦してください」。
英語学習、海外留学、ワーホリ等なんでもいいです!
もちろん楽しいことだけではないし、長く辛く果てしない道かもしれません。
挫折や周りの目がすごく苦しい時があると思います。
でも、それを乗り越えた自分は、周りの声なんて気にならないくらい確実に成長しているはずです。
自分がそうだったから、断言できます。
このブログでは、僕がもがきながら乗り越えてきた英語の勉強法や、留学のリアルな部分を、今後も発信していきます。
同じように「英語が苦手だけど、海外に出てみたい」と思っている人の背中を、少しでも押せたら嬉しいです。